ひかりかがよう

20世紀の終わりから21世紀の初めの若者たちのことばです!

私の三十年を振り返る その1

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 今日、親戚や友だちに三重県のミカンを送ろうと決めて、だったら、三重県の南までドライブしてみようと、妻と一緒にドライブしてきました。

 

 昔は、三時間くらいかかった道のりが、今は二時間くらいで行けるようになりました。それがいいことなのか、悪いことなのか、とりあえずはいいことなんだろうけど、やはり二時間かけてドライブしなくてはならないのは、少ししんどくて、帰りは途中で眠くなったりしました。

 

 でも、何とか無事に帰ってきました。七件の送り先があって、北海道、岩手、山形、福島、石川と、北の方の人たちに送りました。西の方の人たちには、あまりミカンって、珍しくもないし、九州なら佐賀や熊本、四国なら愛媛県、中国地方なら広島、関西なら和歌山など、ミカンの産地はそれぞれの地域にあります。

 

 でも、私は三重県のミカンを愛してますし、わりと好きではあります。思い入れがあるんだろうな。よその県のミカンもおいしいけど、やはり地元のものを愛さなくてはいけません。

 

 そういうわけで、三十年前、初めて三重県に住むことになった県の南の地方をサラッと妻とめぐってきました。

 

 もう三十年が経過しようとしています。私たち夫婦は、三重県でどうにかこうにか過ごさせてもらった。誰かに何かいいことをした記憶はないし、とりあえず目先のことだけを何とかしようとその場その場を過ごしてきました。

 

 その前は、大阪に小さい子どもを抱えて三人で暮らしていました。父母もいて、弟もいました。その家族と切り離されて、三人で三重県に来ました。

 

 あっという間に時間は過ぎて、私はいいオトナ、とぼけたオヤジ、見る人から見たらオジイサンに見えるような年齢になりました。

 

 八十年の人生があったとしても、その人の中で半分は二十五歳のころで、そこからの五十五年間が人生の半分みたいなものだ、という話を最近聞きました。

 

 三重県に来た頃、私の人生の半分は過ぎていて、そこからはみるみる過ぎていったということになるようです。確かに、二十代までの時間はわりと長かった。そこからの三十数年はあっという間だった。これからあと二十年私に残された時間があるとしても、それは本人にはものすごく短く感じられることでしょう。

 

 人生は短く、一生は雑多に長い、というのを何か月か前に新聞で見つけて、メモしておいたんですけど、みんなそんなふうにして感じておられるようです。

 

 年老いた詩人さんが語っておられた。

 

 私も、残された日々の中で、人生は短いなあと、何度も嘆くことになるはずです。

 

 私に、いろいろなチャンスはあったはずなんですけど、たくさん逃したと思われます。チャンスを逃し、くすぶり、不平不満を言い、努力を怠り、分かったようなセリフを吐いていた。

 

 もうそういうのは止めて、誰かのためを思う行動をしていきたい。それが具体的には何なのか、それはわからないのですが、みんなをまとめられる何かをしてみたいのです。誰もついてこなくても、断固として自分の道を歩いていきたいのです。