ひかりかがよう

20世紀の終わりから21世紀の初めの若者たちのことばです!

千鳥が瀬 伊勢本街道

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 この道は、伊勢本街道の相可高校あたりです。奈良の榛原(大阪から近鉄に乗ると、桜井から山の中に入り、長谷寺を過ぎて、急に開けたところに出たところが榛原で、現在は宇陀市になっています)から山の中を通り、中世に北畠氏が活躍した多気(たげ)集落を抜けて、仁柿峠を抜けて、やっと伊勢平野の端っこに来て、あとはどんどん伊勢神宮に近づいていくという道になっています。

 

 その街道は、相可の集落を抜けて、田丸(たまる 現在の玉城町)を抜けて、宮川にたどり着いて、川を渡ればお伊勢さんのおひざ元になります。手前が山田の町で、奥の方が内宮の近くで宇治の町になるんでしょうか。

 

 長い道のりを人々は歩きました。中世の旅人の西行さんも、何度かこちらを旅したようです。短歌だって作っています。

 

 木は、その頃のものだったのか、それ以後のものだったのか、たぶん、当時の木ではなかったと思うけど、大きな木がありました。

 

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 こんな感じで、空を覆っていたのです。バスだって、この下をおっかなびっくり通ったんです。

 

 それなのに、何年か前の台風は、この大きな木も倒してしまった。まわりのおうちにどのような被害が出たのか、わからないけれど、それはもう大変なことだったでしょう。

 

 大きいけれども、中身は空洞のところもあったみたいで、切り株も、空洞になっていました。そういうふうにして巨大化した体を維持してきたのに、自然というものは、お互いを崩し合ったりしながら存在しています。そこに特別な感情はなくて、ただ晴れたり、雨になったり、風が吹いたり、木が倒れたり、いろんな足跡を残していきます。

 

 もう私たちは、あの巨木を見ることはできません。見たかったら、記憶をたどるか、どこかよその土地の木を見るくらいです。あの木は失われてしまった。自然を完全再生することはできないのだから、すべてその時に味わわないといけないんですね。

 

 そういうことを肝に銘じて、これから過ごしていきたいです。

 

 二つの写真から、大きな椋の木を思い出してもらいました!