怪獣と鉄道とバンパク!

怪獣と電車とバンパクとはすっぱなオネエサンのことを書いていきます。いきます!

貨物列車と特急しなの

 

 中津川駅でぼんやりと待っていたら、貨物列車が通り過ぎていきました。中央線はわりとひっきりなしに貨物列車が通っているようです。さすがです。

 

 しっかりと物流を支えている鉄道でした。それと比べると、三重県の関西線、参宮線、紀勢線は、貨物列車はほとんど走っていません。四日市から名古屋に向かって走る貨物列車があるのかもしれないけれど、私は見たことはありません。まあ、四日市にはたくさんの貨物列車が移動しているところは見るチャンスがありました。四日市駅は無人駅になるかもしれないのに、貨物はしっかり利用されています。

 

 

 

 

 名古屋か、どこかで長野に向かう特急しなのに出会いました。すごくスイスイ走っていますね。うらやましい。

阪堺電車を少しだけ撮りました!

 

 南海電車に乗って、住吉大社に行ってみることにしました。住吉東で降りたら(高野線に乗りました)、

 

 

 阪堺電車が走っていました。そりゃ、走っているんだけど、何回をまたいで、住吉大社の真ん前まで行けるみたいでした。確かに、路線としてはそうなっています。けれども、天王寺から住吉大社に行ったことはなかった。お参りのあと、天王寺に出てみようというのは一度くらいあったかもしれません。

 

 うちの家から、難波にしろ、天王寺にしろ、ターミナル駅に出るのは遠回りでした。

 

 

 阪堺電車に乗ってどこかへ行くということもほとんどなかった。一度だけ、堺の古い町を歩いてみたくて、ずっと宿院あたりまで出かけて、そこらのお寺にいったことがありました。その一回きりだった。

 

 電車は何度もすれ違いますから、シャッターチャンスはあります。

 

 でも、私は何となく電車を追っかけてるだけだから、そのまんましか撮れていない。

 

 

 車両ごとに物語はあるのに、それは全く掬えなくて、ただ漫然と時間が過ぎるみたいに電車たちは通り過ぎていきます。

 

 

 電車に乗ろうとする人々、信号を渡ろうとする人々。そういうのを本当は追いかけたいけど、なかなか難しいです。

 

 

 少しだけ人に近づいたけれど、盗撮みたいで何だかイヤだな。物語はないですね。

伊賀鉄道を見に行きました!

 

 いつも大阪と三重との往来の途中で、仕方がないので伊賀神戸で降りる時があって、そういう時には伊賀鉄道を見て、「ああ、いいなあ、伊賀鉄道が行くなあ」なんて思って見るのでしたね。

 

 いいなあとは思うものの、伊賀鉄道は自分の家とは違う方角になるから、「いつかチャンスがあれば、その時には乗りたいな」と思うのです。けれども、そんなチャンスなんて、自分が作り出さないと生まれないものです。

 

 そういうわけで、たいていは伊賀鉄道に乗るチャンスはないわけです。ザンネンながら、そういうことになっている。

 

 

 伊賀鉄道は、松本零士さんデザインのクノイチ電車が走っていますけど、これもどれくらい歳月が過ぎたものか。何だか古くさい感じにもなってきたななんて思ったんですけど、今の若い人はどうなんだろう。

 

 デザイン云々よりも、頻繁に出ることとか、そのスピードとか、利便性とか、そういうことが気になるんだろうか。電車が走っていること自体が奇跡的なことで、それがなければバスによる移動になってしまうし、最悪の場合は、バスもなくなってしまう世の中であるというのを思わないわけにはいきません。

 

 

 昭和の日の昨日は、伊賀市中央図書館に行き、広々とした空間でゆったり過ごせるありがたみみたいなのをうらやましく見ました。近くなら、何度も行きたいですけど、たどり着くまでに1時間以上かかるし、とても通えないところにあります。

 

 だから、見学した後は、町めぐりをしました。広小路という駅を抜けて、和菓子屋さんを探したり、芭蕉さんの生家を見学したり、上野の街中を奥さんとフラフラ歩きました。それは楽しかったですね。そして、町中を走り抜けていく伊賀鉄道を撮りました。

 

 町の中にある電車って、考えてみれば、あんまりなかったかもしれないな。

 

 

 こちらは、松阪駅に到着した近鉄の新型車両でした。

伊賀鉄道を見に行きました!

 

 いつも大阪と三重との往来の途中で、仕方がないので伊賀神戸で降りる時があって、そういう時には伊賀鉄道を見て、「ああ、いいなあ、伊賀鉄道が行くなあ」なんて思って見るのでしたね。

 

 いいなあとは思うものの、伊賀鉄道は自分の家とは違う方角になるから、「いつかチャンスがあれば、その時には乗りたいな」と思うのです。けれども、そんなチャンスなんて、自分が作り出さないと生まれないものです。

 

 そういうわけで、たいていは伊賀鉄道に乗るチャンスはないわけです。ザンネンながら、そういうことになっている。

 

 

 伊賀鉄道は、松本零士さんデザインのクノイチ電車が走っていますけど、これもどれくらい歳月が過ぎたものか。何だか古くさい感じにもなってきたななんて思ったんですけど、今の若い人はどうなんだろう。

 

 デザイン云々よりも、頻繁に出ることとか、そのスピードとか、利便性とか、そういうことが気になるんだろうか。電車が走っていること自体が奇跡的なことで、それがなければバスによる移動になってしまうし、最悪の場合は、バスもなくなってしまう世の中であるというのを思わないわけにはいきません。

 

 

 昭和の日の昨日は、伊賀市中央図書館に行き、広々とした空間でゆったり過ごせるありがたみみたいなのをうらやましく見ました。近くなら、何度も行きたいですけど、たどり着くまでに1時間以上かかるし、とても通えないところにあります。

 

 だから、見学した後は、町めぐりをしました。広小路という駅を抜けて、和菓子屋さんを探したり、芭蕉さんの生家を見学したり、上野の街中を奥さんとフラフラ歩きました。それは楽しかったですね。そして、町中を走り抜けていく伊賀鉄道を撮りました。

 

 町の中にある電車って、考えてみれば、あんまりなかったかもしれないな。

 

 

 こちらは、松阪駅に到着した近鉄の新型車両でした。

近鉄を撮った写真

 

 青ライナーを見つけました。これは新しい車両なのかな? わかりませんね。

 

 

 去年のサクラの季節、ひとりで長谷寺に行きました。大阪に行くついでに寄ったんだったか。いい季節なのに、お客さんはそんなにいませんでした。

 

 

 田んぼに映った近鉄車両。田植えした直後、4月の半ばころの特別な風景です。

 

 

 上本町駅で、どこ行きに乗ったんだろう。名張行きか、青山行きか、五十鈴川行きか、近鉄もちゃんと決めてほしいけれど、いろんな方法で考えても、お客さんは増えないんだろうな。ザンネンでしたね。

 

 

 伊賀鉄道は、伊賀神戸から出ています。今度乗ってみたいんですけど、チャンスあるかな?

 

 

 最近デビューした、近鉄には珍しい青色の車両。顔はどこかにもありそうで、みんなこんなロボットぽい顔になっています。みんな同じになるとつまらないね。

 

怪獣なんかいない。人間たちが一番怪獣だ。

 

 人間はこんなに破滅に向かっているとは知らなかった。

 

 みんな、世の中が危なくなっていても、やはり自分のことばかりを考えている。

 

 政府のエラい人たちは、国家の危機だ。世界から戦争がやって来るぞ! と危機感いっぱいで、高額な武器をため込んでいる。モノだけではなくて、システムそのものも転換させねばならないから、法律や担当局も設置して、有事を想定している。敵はたくさんいるみたいだ。外にいるだけではなく、内部にも国民という敵対勢力がいるから、それをいかに取り締まるかも考え中みたいだ。

 

 だから、あの人たちは、テレビ画面の中ではあまりしゃべらない。自分たちの考えていることがバレてしまうから、なんとなく雰囲気が感じ取られるから、極力紙に書いた決められたことしか話さない。

 

 人々は、つい何十年か前にあれほど言われた「グローバル化」なんかとっくの昔に忘れている。

 

 確かに世界のどこからでも、私たちから何か吸い取ろうという力が押し寄せている。みんな、そんなことはないよと思っているが、かなり危ない。

葉室麟さん、らもさん、イデ隊員 2021.8.26

 

 

 8月の初めに初めにブックオフで買った「中島らもの 置き土産 明るい悩み 相談室」(2013 朝日文庫)、もうすぐ読み切ってしまいそうで、何だかもったいなくて、少し読んではパタッと閉じることにしています。

 

 

 

 もったいぶりながら読んでいる。買いたてのころは、真っ先に広げてみて、数十ページをあっという間に読んで、クスクス笑いながら読んでましたが、今は236ページまで来て、もう後が見えてきて、100ページくらいしか残っていません。

 

 最初は、らもさんの質問者との距離感というか、クールでなおかつ優しく声をかけているところがおかしかったし、話のネタも、よくもまあそんなくだらない質問をしてくるものだと、そちらに気を取られていました。

 

 でも、今は、お悩みはどうでもいいから、それに対してらもさんはどんなふうに答えていくんだろう。突っぱねないし、真面目だし、いろんな世の中のことを知っておられるし、すごいなあということばかりに感心します。

 

 だから、くだらない質問はネタとして聞き、答えのらもさんのことばを有り難く聞いている感じになりました。あと少しで終わりです。お嬢さんが選んでくれたお話で、ありがたく少しずつ読ませてもらいます。

 

 私たちは、そんな貴重な存在を忘れていないか、少し心配です。若い人はもちろん知らないでしょう。どうしたらいいんだろう。本の紹介、中身の具体的な話など、取り上げてみたらいいのかな。……中島らもさん 2004年逝去。

 

 

 葉室麟さんは、最近ずっと気になっていた作家さんでした。小説は読んでなくて、今回、とっかかりとしてエッセイ集「河のほとりで」(2018 文春文庫)を買いました。

 

 歴史小説をどのようにして書いていくか。九州の歴史的なできごととか、お仕事に関係のあるものごとを取り上げておられます。

 

 この本はもう少しで読み終わりそうで、これも何だか寂しい、読み終わりたくない、いつまでも読んでいたい、もっと他のも読みたいという気分でいます。それなのに、お仕事の中核である小説はまだ読んでいない。

 

 いっそのこと、何か、直木賞を取られた「蜩ノ記」(2012)でも読んでみますか。今度ブックオフに行って、探してみたいと思いました。

 

 今さらながら、全く知らなかった人たちの仕事を振り返っています。

 

 そして、こんな人がいたのかと驚いています。ちっとも自分に還元できてないけど、まあ、どんなに感心したって、私はそれを実にすることができなくて、おもしろかったねで終わってしまうところがあります。

 

 まあ、これから、少しでもいいと思ったものを、何か人に伝えられたらと思います。……2017年12月逝去。

 

 らもさんも、葉室麟さんも真面目な仕事をされて、まだこれからというところで亡くなられています。

 

 

 そして、ウルトラマン(1966)でイデ隊員を演じておられた二瓶正也さんが亡くなられました。わたしが小さい頃から何度も見させてもらったウルトラマンでは、若くて、少しドジで、前向きで、発明もする、宇宙言語だって話してしまう優秀な隊員だと思ってきた役者さんでした。

 

 ウルトラマンの時は20代半ばで、そこからいろんなキャリアを積んでこられて、その度に私は、「あ、イデ隊員出てる!」とうれしくなったものでした。それくらいに親しみを持っていた人だったんですね。

 

 お仕事はされてただろうし、たまにウルトラマンのイベントとかで、ファンの前に戻って来られる時もあったようでした。

 

 私たちにも、イデ隊員は永遠の存在であったけれど、二瓶さんにとっても、イデ隊員という役柄は、本意だったのか不本意だったのかはわからないけれど、ファンだった当時の子どもたちには絶対の存在でした。彼はそのままそれを受け入れてくださったのでしょう。

 

 もっと他にも、悲しい別れはたくさんありました。千葉真一さんもそうでした。コロナで亡くなられたんでした。

 

 私たちは、当時の思い出をもっと細かく、何も知らない人にわかってもらえるように、伝えなきゃいけないです。通りいっぺんのお悔やみではいけないし、知らない人に興味を持ってもらえる方法を考えたいです。

 

 なくしてから初めて、その偉大さというか、ポッカリ空いた穴を見つめてたって、遅いけど、でも、それをしてから今日に立ち向かわなくてはいけません。