ひかりかがよう

20世紀の終わりから21世紀の初めの若者たちのことばです!

ふたたび松山へ!

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 2000年に、俳句甲子園という大会に行った時のスケッチです。

 

 M商業とウチとで、はるばる三重県から初参加した時でした。もう20年も前なんですね。

 

 当時は、北川知事さんで、知事さんにも会いに行かせてもらったし、どれだけ活躍できるのか、全く未知数だったけど、とりあえずチームと一緒に松山に飛び込んでみました。食物調理科のメンバー、3年が4人で、1人だけ2年生がいました。

 

 当時はトーナメントの一発勝負でした。それで、1回戦で準優勝した東温高校に負けてしまい、何だか拍子抜けするし、せっかくここまで来たのに、何もできなくて、悔しいやら、情けないやらでした。

 

 雲の峰想い出すのは祖父と畑     ゆうこさんの作品

 自転車で走ったその先雲の峰     ひろみさんの作品

 立ち止まり友と見上げた雲の峰    みかさんの作品

 夢めがけ雲の峰こえ進んでく     まゆみさんの作品

 君を追い坂道のぼった雲の峰     まちこさんの作品

 

 みんな一生懸命入道雲から夏の道ばたをイメージして作ったんですけど、同じ雰囲気の作品ばかりでしたね。もっと違うものを組み合わせられたら、負けなかったのに、私に作戦がなくて、ただ連れて行っただけになってしまいました。

 

 申し訳なかった。

 

 優勝したのは、伯方高校という、全然知らない学校でした。真ん中の制服でした。

準優勝が、東温高校、これまた知らない学校で、テニス部の1年生たちで、この子らに負けてしまったのが悔しかった。右端の制服です。

 

 準決勝で敗れた松山東高校は、左端の制服で、この子らの「がんばっていきまっしょい」の掛け声、これは新鮮でした。この時代に、こんなことをしている高校生たちがいるんだとビックリしました。これが正岡子規を産んだ学校の伝統なのか、とにかくビックリでした。

 ここで敗れた2年生の神野紗希(こうのさき)さんが、翌年にはものすごく成長して、とうとう優勝して、そのまま俳人の道に進んで、今も活躍中だと思われますが、次から次と若い人たちを生み出す力があったのかと、今さらながら思っています。

 

 次の学校で、私は俳句甲子園に出ることができるのか、それは人との出会いだから、どうなるかわからないけど、私個人としてはあと一回でいいから、行きたいなと思っています。どうか、ステキな出会いがありますように。祈るような気持ちです。

 

 ちゃんと出会いをつかまえられるか、そのタイミングも大事ですね。