今日からオンライン!
すべてをオンラインにしたら、それができるんなら、生身の人間は要らないなと思いました。
そうしたら、そのオンラインも、おもしろいおしゃべりのできるAIロボットにしてもらったらいい、というのはエライ人の考えることで、かくして教員も、公務員も、農業家も、工場の労働も、すべての仕事の現場で人間が必要なくなるわけですか。
すごいけど、自分で自分を追い詰める感じです。
困りました。せいぜい仕事させてもらう有り難さを感じていたいです。
★ それにしても、イマイチのマンガです。ロボットの方がおもしろいの描けるかも!
鼻かみすぎてプチトマト
2007年の3月、2年C組で優勝(一番得点の高かった作品)したのはどれでしょう?
ア・卑屈だと君に言われたあの日からくしゃみの数を気にする私 圭助
ああ、気にしちゃうんだよな。そういうのからいつ逃れられるんだろう。簡単には無理かな。いや、気にすることは悪いことではないかも。いいことかも!
イ・花粉デビュー? 病院行って検査した。「ただの鼻風邪、異常なし」 郁美
なかなかやりますね。これも短歌のリズムになってます! センス感じる!
ウ・気づいたらコタツの中で寝てましたテスト勉強いつやろうかな 慎也
永遠の真実、このまどろみの誘惑、もうとことん寝てやる!
エ・君がいた季節は今も切なくて振り返るたび想いは溢れ ゆかり
情熱的な彼女でしたね。今も元気でいるかな。どんな大人になってるだろう。もともと大人の雰囲気は持ってたけど。
オ・花粉症鼻かみすぎてプチトマト 幸
何かかわいそうになります。もちろんボクもプチトマト! もうそんなんじゃないかな。
カ・みんなとね笑っているの一番やん 沙季
永遠の真実、そして、それはほんの一瞬のできごとなんだけど、永遠に通じるんです!
キ・あの人の笑顔の理由になりたいな 真理菜
自分の存在が、あの人の笑顔につながったら、どれだけうれしいか、この控えめな感じ、オトメな感じ?
★ 意外な作品「ウ」が優勝でした! こんなゆったりした作品もいいですね。
乙女は戦うのです! 2007年3月
★ 2007年の3月の2年B組での句歌会、さて、優勝したのはどの作品でしょう?
ア・ウチの母 昔はモテたと言い張るが父の顔見て首をかしげる 知沙
楽しい家族の一シーン、うまく切り取れてますよね。さすがです!
イ・今頃は見ていますかこの空を青でつながるこの空を 美帆
青空だとその下にいる誰かとつながる気がする。灰色だったら、そんなこと思わないもんね!
ウ・背が高い理想としてる人よりも同じ目線のあなたがいいの 裕子
こんなことを言ってくれる彼女がいたら、うれしいなあ。でも、それくらい好かれるために彼も頑張ったんだろうし、まあ、いいか!
エ・「好きやよ」と心の中で思うだけ口にするのはこわいから 真依
言霊ですね。口に出したら、気持ちは抑えられなくなりますよ。すごいね!
オ・ホワイトデー野球ボウズがケーキ買う ひ
あれ、高校生の中にオッサンが入ってますよ。ウンザリです。
カ・うちが前君がうしろで初二ケツ ムードはないけど幸せやった 裕子
もうこのクラス、女子が大活躍しています。ニケツって、二人乗りのことですけど、ムード盛り上がりますよね。もう二人だけの世界になれちゃう!
キ・バレンタイン戦う乙女行くのです 里帆
こういうメッセージをもらえたら、それはうれしいと思います!
* さて、優勝したのは、ウでした!
5月も10日過ぎて……
ルピナスという花を初めてまじまじと見ることができました。
不思議な花です。色に統一性はないし、どうしてこんなにトンガラなきゃいけないのでしょう。もうビックリしてしまいます。
暑いのか寒いのかよくわからないけど、気持ちのいい季節であるのは確かで、半そででも過ごせそうな雰囲気です。それは本当にありがたい。
お茶畑もとても生命力にあふれていて、こんな元気な新芽なら、さぞかしおいしいお茶が飲めそうです。でも、摘み取ってすぐ飲むのではなくて、お茶って、意外といろいろな工程があるみたいです。
まあ、どっちにしろ、あの香りとビリッとする自然感です。私たちは、あのお茶の力というのをイマイチちゃんと意識してないけど、エネルギーもらえると思うな。
ペットボトルではなくて、ティーバッグで出すのではなくて、新茶のできたてというのを飲ませてもらいたいです。
金曜日、桐の花も見つけました。めったに出会えない木の花です。とてもラッキーでした。どんどん伸びちゃうから、すぐに伐られたりもするけど、この花を見られたら、何だかリッチな気分になります。何しろ豊臣秀吉さんの家紋ですからね。
すごいよ! みんな土日は大人しくしてました? お母さんに何かあげた?
家族は大事にしなきゃね!
千鳥が瀬 伊勢本街道
この道は、伊勢本街道の相可高校あたりです。奈良の榛原(大阪から近鉄に乗ると、桜井から山の中に入り、長谷寺を過ぎて、急に開けたところに出たところが榛原で、現在は宇陀市になっています)から山の中を通り、中世に北畠氏が活躍した多気(たげ)集落を抜けて、仁柿峠を抜けて、やっと伊勢平野の端っこに来て、あとはどんどん伊勢神宮に近づいていくという道になっています。
その街道は、相可の集落を抜けて、田丸(たまる 現在の玉城町)を抜けて、宮川にたどり着いて、川を渡ればお伊勢さんのおひざ元になります。手前が山田の町で、奥の方が内宮の近くで宇治の町になるんでしょうか。
長い道のりを人々は歩きました。中世の旅人の西行さんも、何度かこちらを旅したようです。短歌だって作っています。
木は、その頃のものだったのか、それ以後のものだったのか、たぶん、当時の木ではなかったと思うけど、大きな木がありました。
こんな感じで、空を覆っていたのです。バスだって、この下をおっかなびっくり通ったんです。
それなのに、何年か前の台風は、この大きな木も倒してしまった。まわりのおうちにどのような被害が出たのか、わからないけれど、それはもう大変なことだったでしょう。
大きいけれども、中身は空洞のところもあったみたいで、切り株も、空洞になっていました。そういうふうにして巨大化した体を維持してきたのに、自然というものは、お互いを崩し合ったりしながら存在しています。そこに特別な感情はなくて、ただ晴れたり、雨になったり、風が吹いたり、木が倒れたり、いろんな足跡を残していきます。
もう私たちは、あの巨木を見ることはできません。見たかったら、記憶をたどるか、どこかよその土地の木を見るくらいです。あの木は失われてしまった。自然を完全再生することはできないのだから、すべてその時に味わわないといけないんですね。
そういうことを肝に銘じて、これから過ごしていきたいです。
二つの写真から、大きな椋の木を思い出してもらいました!